2011年4月6日水曜日

一つ歳を取って

もう、本当は貝のふたを閉じてしまいたかった。悲劇のヒロインになって、心を休めたかった。もう何ヶ月も行っていない田舎の知り合いの家でのんびりしたかった。
それが、私の住んでいるボローニャで、日本人有志による大きなチャリティイベントがあると知って、参加するかしまいかちょっと躊躇した。
「私たちはかわいそうなんです」という感覚に陥りたくなかったし、かつほとんどこちらで求めていなかった日本人コミュニティに入るのも億劫だった。つまりは、自分のしたい事を優先したかったのだ。

でも、色んな人から、「こんなイベントあるけど、知ってる?」と誘われ、終いにはバイオリン職人の友達から「僕たち何か出来ないかな?」と電話が来て、重い腰を上げたのだった。

全部は私のエゴだったと後で分かった。
私たちかわいそうなんですなんて思ってる人はほぼ皆無だったし、皆(こんなにボローニャに日本人が居たのかと思うほど)日本人のこのオーガナイゼーションの良さを発揮してぱりぱりと働いていた。みんな、出来る事をそれぞれが。
私はほとんどキッチンに居て、ひたすらサーモンをそぎ切りしていた。たくさんの有名なレストランが自費で素材を提供してくれ、だから私たちは来て頂いたお客さんからのお金を全て、赤十字に回せた。150人分の、手まり寿司、軍艦、キッシュ、千枚漬け、などなど。

イベントは、習字や千羽鶴(イタリア人に折ってもらって、彼らのコメント付きで募金と共に日本へ送る)、バザー、オカリナの演奏、イタリア人の剣道団体による披露等盛りだくさん。

午後にはその友達とデュエットでバイオリンを弾いた。人の前で音楽を弾くなんて、何年もしていなかった事。音楽を介して、人とつながれる事を、忘れていた。

私の、一人になってゆっくりしたいというそんな思いを吹き飛ばすほどに、人の力が集まって、そこに少しでも関われた事を嬉しく思う。

最後の最後に、日本人全員で、来て頂いたお客さんの前で「夏の思い出」を歌った。一人が泣き出し、皆がぐすぐす言い出し、最後の方はもう声にならなかった。
遠くて、もどかしくて、色んな思いが詰まった歌。








自分が大切に思っている人が、必ずしも相手もそうとは限らない。悲しいけれど。
それでも、人は思う事をやめないし、それは根本的に人が希望を見るように出来ているのだと思う。
父母から連絡があった。久しぶりに明るい声で、ガスが復旧したと。やっとシャワーが出来ると。
そうやって、進んでいく。

一つ年を重ねて、まずここまで無事に生きてこられた事を、感謝した。
出会ってくれた人に。
これから出会っていく人に。

とても重く、苦しい中で、感謝をする事が出来ると教えてくれたのはさらに苦境に居る大切な人だった。

やっぱり、思ったようにしか出来ないんだわん。伝えよう、大切な事は。
あなたのことを思っていると、私にとってあなたは大切だと。

胸を暖めて、春の風には自然に顔が緩むように、大切なものを大切にして。



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